ごあいさつ 藤森 牧男(ふじもり まきお)牧師

朝、目覚めて牧師館より窓の外を見上げると里山が見え、遠くには蒼い中央アルプスの山々が見えます。
私が育った諏訪湖畔からは周囲の山々、八ヶ岳連邦、遠くに富士山などの蒼い山が見えましたので、東京や関西にはない山の色を見るたびに信州のすがすがしさを
実感しています。
1949年(昭和24年)12月、下諏訪町赤砂(岡谷市長地の隣)で生まれ、下諏訪で小・中学校時代を過ごし、1968年(昭和43年)3月、岡谷工業高校電気科を卒業後、日本電気(NEC)に就職。同年12月、荻窪栄光教会(東京都杉並区)で、森山諭牧師より受洗。
その後、関西聖書神学校(神戸市)に学び、日本イエス・キリスト教団の牧師となり、新庄明星教会(山形県新庄市)、東京教会(東京都大田区)、教団事務所(滋賀県近江八幡市)、東播磨中央教会(兵庫県加古川市)で牧師を務め、2013年4月、辰野キリスト教会に赴任いたしました。
1978年4月、結婚。二男一女の父。創立75周年を迎える辰野キリスト教会が、よりアットホームな教会として、地域の皆様の祝福となるように願っております。よろしくお願いいたします。
辰野キリスト教会 嘱託牧師 藤森 牧男
私が教会に来たキッカケ

大学を卒業して就職したばかりの職場で、ある同僚の先輩から声をかけられました。
「今度、賛美の特別集会があるから、良かったら教会へ来てみないか?」
私の心は動揺しました。というのも、私は教会にあまり良いイメージを持っていなかったからです。「教会とは、弱い人間が勝手に絶対的な存在(神様)を創り上げて、『神様、私を憐れんでください』と、すがる人々の集まりだ」と思っていました。しかし、「ここは先輩の顔を立てておこう。一回行けば、あとは何とか断れるだろう」と思い、仕方がなく行くことにしました。
その当時の辰野教会は、玄関の扉を開けるともう目の前は礼拝堂という、とても小さな教会でした。90分ほどの集会が終わると、多くの方々が「よくいらっしゃいました」と声をかけてきました。その方々の目は喜びと自信に満ちていて、私が思っていたクリスチャン像とは大きく違いました。「何かが違う」そう思った私は不思議なことに、日曜日になると教会に行ってみたくなりました。
『父よ、彼らをおゆるし下さい』と十字架上で祈るキリストの姿に、「この方はまことの神様だ」と、イエス・キリストの救いと恵みを信じることができるようになり、半年後には洗礼を受ける恵みに預かりました。
「あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたがたを選んだのであり・・・」キリストの言葉です

青年のとき辰野駅で、「ここに愛がある」と書かれた一枚の特別集会のチラシを受け取ったのがきっかけで教会に行きはじめました。
今思うと、本当に神様の導きだったと思います。
その頃の私は、社会人として働き始めて一年が過ぎたころで、単調に繰り返しすぎていく毎日にむなしさを感じていました。
そして死の恐怖・・・自分が死ぬことの恐ろしさはあまりありませんでしたが、肉親が死んでいなくなってしまったらどうしようという恐ろしさがいつもありました。
キリスト教とはなんの縁もゆかりもない家庭で育ちましたので、抵抗はありましたが、渡されたチラシの「愛」という文字に強くひかれました。
特別集会には残念ながら行くことができませんでしたが、次の日曜日に思い切って教会の扉を開けました。
そして、賛美をし、メッセージを聞き、なにもかも初めてでしたが、神様を敬う空気に触れて、この神様をもっと知りたいと思いました。
それから日曜日が待ち遠しくなりました。
そして、キリスト教の神様はまことの神であり、イエス様が私のためにしてくださった神様の深い愛を知り、洗礼を受けました。
以来、神様は真実な愛で私を支え、励まし、導いてくださっています。
